ナベシャツ・カバーボーイ File#001「マコト」


★お友達に教える★

JPEG画像1/2/3/4(ナベシャツPCサイトではカバーボーイの画像が表紙を飾っています!)

■カバーボーイ第一弾!「マコト」くん登場!!
マコトくんは、北陸に住んでいる17歳の高校生。
小学生のころから違和感はあったが自分がFTMTSだと気づいたのは、14歳の時だという。
■子供時代
マコトくんは自分のことをとにかく男勝りで可愛げのない子供だったと振り返る。
トイレは物心ついた頃からどうしても女子トイレに入ることが出来ず、登校してから下校まで我慢する6年間。
家に帰ると2才上の兄と兄の友達と当時流行っていたミニ四駆やバスケなどをして遊んでいた。
体育や宿泊の時、男女別に別れて行動する際、「自分はどうしてコッチ(女)のグループに入っているんだろう?」って生理が始まるまで納得できずにいた。

生理が来たのは6年生の春。

6年にもなると保健の時間に男女に分けられ生理の話を聞かされた。
なんだか居心地が悪くて、恥ずかしい気持ちになって耳を塞いで時間が過ぎるのを窓の外を見ながら過ごした。
生理が来てからオマエは女なんだよって事実をつきつけられた気がして凄く辛かった。

小学校の卒業式はスカート出席だった。
隣のクラスの友人までマコトくんのスカート姿の珍しさにカメラを持ってやってきたという。
■イジメ、そして…
中学に入ってから一年間で履きたくなかったスカートにも随分慣れた。

マコトくんは友人の誘いでテニス部に入部した。
テニスというとあのヒラヒラで短いスコート。
嫌気がさし一度は断った。
しかし、入部体験でラケットを握らせてもらい、純粋にテニスの楽しさに惹かれ入部を決めた。
それからは部活中心の中学生活が始まった。

「二年になると好きな子が出来ました。しかしその頃からクラスに戻ると俺は酷いイジメにあっていました。
事の始まりはクラスの男子に友達がイジメられている事を知り、俺が男子に注意したのが始まりでした。
俺は自分の正義に反する事は嫌だった。
見て見ぬフリをする都合のいい友達にはなりたくなかった。
それがきっかけでイジメのターゲットは俺になった。
休み時間は地獄でした。
机を離れると倒され筆箱はゴミ箱の中、給食はチョークがご飯に刺さっていました。
いつしか仲の良かった友達すら俺を避けるようになった。
一年間誰にも弱音を吐かずそのイジメにひたすら耐えました。
家で学校でのイジメを隠すように笑顔でいる事は本当に辛かった。

三年生になってバッテリーが突然切れたように俺はストレスから体を壊しました。
病院で過敏性大腸炎症候群との診断を受け医師にストレスになる事何かあったの?と訊ねられ初めてその場で親に学校でのイジメの事を告白しました。

それからの俺は学校に行かなくなりました。
家にも帰らず駅前のゲームセンターで毎晩歳も離れたおねぇさんやお兄さんと仲良くしていました。

イジメで汚物扱いのようにされ、信じていた友人にさえ見放された俺は人間不信になっていました。
しかしゲームセンターで出逢った名前も知らない人達は俺に優しかった。
決して非行に走ったわけじゃない。
髪を染めてピアスで耳も穴だらけだけど俺の心は学校にいたあの時よりも落ち着いていた。
それから卒業までそんな生活が続きました。
学校には行かなくなったけど俺は後悔していません。
イジメにあったことも今では懐かしいぐらいです。」

「今の俺がいるのは過去の出来事のおかげです」

■カムアウト

マコトくんは市外の定時制の高校に入学した。
そこには私服で登校もでき、中退の人や20歳過ぎの人、いろいろな理由を抱えた人達がいた。
友達はすぐできた。けれど悩みは終わらなかった。

「いろいろな場面で体と心の不一致が俺を苦しめました。

女である事に一度二度諦めを感じたこともありました。
自分も周りの子のように彼氏なんてつくって、化粧をして可愛い服を着ていれば女の子になりきれるのでは...と考え実践してみましたが、それは自分の首を絞めているだけにすぎませんでした。

とうとう苦しくなって家族に今までの自分の苦しみを話そうと思いました。それが初カムのきっかけです。テレビで競艇の安藤さんのカムを知ってとても勇気付けられました。それが高校一年の冬です。母の反応は拒絶の二文字です。気持ち悪いと言われその場で頭を抱えて泣き崩れられました。でも俺は“本当の俺”をちゃんと知って欲しかった。男として生きる決意をした俺にとって家族へのカミングアウトは避けては通れぬ道だと思っていたから尚更引き下がる訳にもいかなかった。

母の反応は悪かったけど父親と兄貴は案外サッパリとした反応だった。
それから友達にもカムして今ではフルタイム男性生活です。
学校にも式辞の時は男子制服で参加しています。

親にカムしてからカウンセリングに通い始めるようになった。
親へのカムは学生と云う身分のマコトくんにとってカウンセリングへ行く為の大きな壁の一つでもあった。
現在で一年三ヶ月経過。
残念ながら北陸地区ではGIDに関する医療がまだまだ発展していないそうだ。
やっとの思いで精神科を見つけ自ら開拓する如くカウンセラーさんとの二人三脚が始まった。
カウンセラーさんはとてもいい人でGIDの講演会などにも自主的にプライベートで勉強しに行かれているそうだ。
現段階でマコトくんは来年の高校卒業後に向け改名の準備を進めている。
将来的にはホルモン注射、乳房除去手術・SRS・戸籍訂正まで希望している、とのこと。

家族には外科治療の意志も伝えてあります。そう簡単には進みません、時間もお金もかかります。
だけど俺は頑張ります!
自分がGIDかもしれないと疑問を抱きながらいろいろな経験をしてきました。
ひとつひとつ、本当の自分を確かめるように。
女として生きていたあの頃は生き地獄でした。
心は死んでいました。
みんなが知っている俺は仮面を被った偽りの自分。
カムしてからの俺は堂々としています。肩の荷がおりました。 友達は本当の俺を知っても変わる事なく優しい。

今年の誕生日、母からのプレゼントがトランクス5枚だった!
「周囲の環境は良く俺を支え守ってくれる心優しい人々のおかげでとても居心地がいいです。」

■バイト経験

マコトくんはペンキ塗り、駅前などでのビラ(チラシ)配り、ウェイトレス、ゆうメイトなどさまざまなアルバイトを経験してきている。

中でもウェイトレスの仕事が一番印象的でした。
当時高校へ入学した年の春、その頃は本当の自分がまだわからなくて、周りの女友達を真似て化粧をして髪を縛って女の子になりきる為に意識していた頃の話です。
チェックのシャツに地味なスカートで働いていました。そこにはお年寄りが多く、ファミリーレストランと云うより居酒屋的な雰囲気の所です。
従業員の方も一番年が近くて30歳くらいの方でした。従業員、常連客の方々には大変可愛がられていたのですが、中には酔っ払ったお客に絡まれ胸を触や尻も触られたり、仕事中に口説かれたりなど、精神的に女として働くことに疲れ、たった2ヶ月程働いて辞めました。

それから半ば女として公の場に出たり意識される事に嫌悪を感じ、チラシ配りなど制服も無く人目に曝されない仕事をするようになりました。
チラシ配りの仕事はそういった点では性にあっているらしく長く続き、わずかな収入ですが満足していました
。でも出来れば堂々と男としてバリバリ活躍するような仕事をしてみたいですね。

今は学業に専念するためバイトはしていません。

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